日記

父の日に想う

こんにちは、そうめんの適量が未だによくわからないキタムラフユトです。(気づけばお腹パンパン)

明日は乳…じゃなかった、父の日だそうです。
母の日に比べてやや盛り上がりに欠ける父の日ではありますが、この機会に自分の父のことを少しだけ思い出してみたいと思います。

よく働く人でした、けど…

僕の父は60歳ぐらいの時にガンが見つかって、手術はしましたがお約束のように転移し、二年後ぐらいに亡くなりました。
縁者からは「早かったね」という言葉をかけられましたが、当時の僕はあまりピンときていませんでした。
父の父、つまりおじいちゃんもそれぐらいの歳で亡くなっていたので。

でも、自分が今63歳になってみると、確かに早かったよな、と。
あちこちガタがきているとはいえまだまだ現役で働ける体だし、楽しい思いもできるはずだから。

父はよく働く人でした。
“頑張っている自分が好き”みたいなところがあって、一時期パチンコにハマって母に叱られていた頃を除けばw、だいたいは“頑張って”ましたかね。

ガンに罹ったのも、無理に働きすぎて健康管理がおろそかになっていたからだと思っています。

頑張って働くお父さん、いいじゃない—となるところですが、正直言うと僕は父のことはあまり好きじゃなかったんですよね。

細かいことでいうと「食べ方が下品」ていうのがあってw、ピチャピチャ音を立てて食べるとか、落ち着きなくがっつく感じ?とか。(「飯場の男」みたいな。←見たことないけどw)

あと、結構なおしゃべりで、よその人に息子の自慢話なんかを、ちっちゃい事実を5倍増しぐらいに誇張して話すとか。
これはイヤでしたね。嘘つくなよあんた、と。笑

そういうのがあるんで、僕は自分が親になってからも食事の時は気をつけたり、子供の自慢話なんかは“最小限に”抑えるようにw(してるんかーい)、自然とそうなっちゃいますよね。(反面教師ってやつ)

ていうか、父も母も話好きな方だったのに息子の僕は極端に無口なタイプで、一体誰に似たんだろう?とよく思います。

父との思い出は多くない

子供の頃、僕の父は炭焼きで山にこもっていたり冬場は出稼ぎに行ったりしていて、家で一緒に過ごしていた記憶があまりないんです。

いつも家にいたのはじいちゃんで、いたずらしたら怒るのもじいちゃんだし、お昼を一緒に食べるのもじいちゃんでした。
小6ぐらいでじいちゃんが急に死んじゃった時は悲しかったなぁ。

そんな感じなので父に対してはどこかよそよそしい態度だったというか、楽しく会話した記憶がほとんどない。
話したいことがあれば母に言い、父に何か言われそうになると母がすぐ間に入って事を荒立てないようにするといった具合で…。(母は息子に甘かった→どんどんダメ息子が出来上がっていったw)

そんな会話の少ない父子でしたが、僕が明日結婚するという前夜に、父が初めて二階の僕の部屋にふらっと上がってきた日のことはよく憶えています。

僕は明日の準備で何かの作業をしている最中でした。
何か親らしい「いいこと」を言おうと思ってやってきたのは明らかでしたが、どうでもいいことを二言三言言っただけで、結局肝心な「いいこと」は言えずじまいで、何事もなかったように不自然に去って行きました。笑

何を言いたかったのかなぁ…。
まあ、言われたところで「はいはい、そういうことね」で終わっただろうけれど。

父のことは好きじゃないなどと不謹慎なことを書いてしまったけれど、父がいたから僕はいて、父が頑張ってくれたおかげで今の僕があるわけで、感謝しなきゃいけないですよね。

父ちゃん、無口な息子でごめんよ。
生きてるうちももっといろいろ話すべきだったよね。
その食べ方は下品だからやめろ、とか。(それは言わんといてやって)

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