フリートーク

【才能とは】何者でもない者が何者かになるって…かなり大変なこと

ステージで歌う人

いつだったかテレビの深夜番組でタレントの劇団ひとりさんが言っていたのですが、
「周りを見渡しても“天才”って…ほとんどいない」
「天才って思われている芸人でも陰ですっごい努力してて、四六時中お笑いのことを考えてる」
みたいなことを。

なるほどな、と思いました。
やはりそういうものか、と。

お笑いのセンスが抜群で生まれ持った才能のように思える人は確かにいるけど、そのセンスを磨く努力を積み重ねた者だけが到達できる領域なんだろうな、と。

才能は開花させるもの

「才能」とか「天才」にまつわる名言って数多く存在しますが、そういうのを見ても「おお、なるほど」と感心して終わるだけの人(僕みたいな)って、たぶん何者にもなれないんでしょうね。

「努力に勝る天才なし」
(ベリーグッドマンの『ライトスタンド』の歌詞より)

「才能とは自分自身を自分の力を信じることである」
(ロシアの作家、ゴーリキーの言葉)

「才能は開花させるもの、センスは磨くもの」
(古舘春一のバレーボール漫画「ハイキュー!!」より)

適当に3個ほど拾ってみましたが、「努力に勝る天才なし」は聞き飽きた感もあるけど笑、バレー漫画の「才能は開花させるもの、センスは磨くもの」ってのは言い得て妙というか、そのものズバリな感じがしますね。

努力によって開花させて初めて「才能」と呼べるし、センスがあっても磨かなければうんこだよってことでしょ?(うんこはヤメレ)

バレーボールの男の子のイラスト

「才能」というものが自分自身まだ、うまく整理できていないんだけど、人間誰しも「才能の芽」みたいなものは持っているのかな?
だから、自分は天才じゃないから—と言って簡単に諦めるのはちょっと違うだろう、と。

才能の種類も活かし方もいろいろ

才能はあるし努力も惜しまないけれど「運(きっかけ)が無いだけ」の人もいるだろうし、努力だけでは到達できない領域っていうのも確実にあるよね。

わかりやすいところでは陸上の短距離走者とかミュージシャンとか。

努力したら誰でも100メートル10秒切れるわけじゃないし、いくら努力したって宇多田ヒカルにはなれない(はず)笑。

つまり、圧倒的な才能の芽を持っていなければ、明らかに努力が無駄になるケースもあるにはある、と。

「運(きっかけ)が無いだけ」の人は、、、もったいないよねぇ。笑

成功している人を見ると、誰かのサポートがあって成立している例も多いような気がします。
宮崎駿先生には鈴木敏夫さんという名プロデューサーがいたり、アップル創業者のジョブズにしたって、ウォズニアックという天才エンジニアがいたからこそPCの原型を作ることができた。

スティーブジョブズの画像
(画像引用:forbesjapan.com)

天才だけでもダメだし、優秀な営業マンだけでも成功は難しいということなのかな、と。
もちろん、両方を一人でできたら一番いいんだけどね。

IT革命以降は、その辺のやりやすさも格段にアップしているとは思います。

昭和のむかし、歌手を目指す人は作曲家に師事したり大物歌手の弟子になったりでしたが、テレビのオーディション番組が始まってからはプロへのハードルがだいぶ下がりました。

フォーク系でシンガーソングライターの地位をメジャーに押し上げたのは吉田拓郎さんの活躍によるところが大きいですが、あの時代に「作品の力」だけで勝負したのは今思えばすごいことですよね。

やがてCDがバカ売れする時代が来て、Jポップと呼ばれるジャンルが確立されていったわけですね。
そこからさらに時代は変わって、今はネット全盛の時代。

才能のあるなしに関わらず誰でも発信ができて、実力があれば見つけてもらえるのはフェアだしありがたいことです。

何者でもない者が何者かになるって、かなり大変

私事ですが、20年ぐらい前にうちの息子と娘が兄妹ユニットで音楽活動をしていまして。
二人で曲作ってCD作ってライブやったり、コンテストで賞をもらったりしたこともあったんですね。

僕はプロを目指せとか一度も言ったことはないし、本人たちがどう思っていたのかもわかりません。
ただある時、オフィスオーガスタという音楽事務所に一度だけオリジナルCDを送ったというのは聞きました。

スガシカオさんとか山崎まさよしさんとか秦基博さんとかスキマスイッチとかの所属事務所で、あわよくば自分たちも認められてプロになれるかも—と、一瞬考えたんだと思います。笑

結果は推して知るべしで、一度音源を送ったぐらいで目に止まるほど簡単な世界じゃないです。
そこでもし、「自分たちの才能を信じて何度でもチャレンジしてやる!」と思えたとしたら、結末は変わっていたかもしれないですよね。

まあもっとも、プロになれたら終わりじゃなくてそこからが出発なので、やめといて正解だった、ということなのかもしれないけど…。

そんな厳しい世界だから親が無責任に「やってみろ」とは言えなかったし、あくまでも本人たちの強い意志があって成立する挑戦なので、ね。
ただ…一度だけで諦めたってのは根性無さすぎでしょ、とは思った。笑

自分自身のことでいうと、特別な才能はないけど何かしらの「才能の芽」は持っているはずなので、開花させる努力を惜しむのはもったいないと、改めて思いますね。

何者でもない者が何者かになるって、かなり大変なことだけど、今はそれが不可能な時代じゃないっていうのも確かだと思っています。

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